こんにちは
こんばんは
ブログをご覧いただきありがとうございます。
ゆうといいます!
ここでは、なぜ僕が『個人でインターネットビジネスをする』という選択肢を選んだのか、
そして現在までの軌跡を綴ったものです。
内容としては、超絶ブラックな環境で働く30代が、メンタルダウン経験しながらも、大切な人(家族、友人、子ども)と一緒に過ごすため、そして守るために良くも悪くも「お金」がなければ何もできないと痛感
本業の収入だけで理想の生活を叶えられないと感じ、個人で稼ぐ力を得るために奮闘
何より、自分の人生を会社に捧げるんではなく、大切な人たちのために捧げたい。
そのためには、会社に依存せず自分で稼いで収入源を作る必要がある。
そのために、初心者でビジネスの世界に飛び込んだ30代が成長していく物語です。
なぜこんなレポートを書いたのか?というと、
自分への戒め、初心を忘れないようにする。という気持ちと同時に、
もしこれを読んで共感してくださる人がいれば非常に深い話ができる様になると思い書きました。
このレポートが皆さんの人生を変えるための第一歩になると嬉しいです。
またどんな思いで情報発信しているのか?
それも書いたので感想をもらえたら嬉しいです。
それでは、始めます。
お金で救える人生がある
1990年 3月4日
僕は、鍼灸師の父と保育士の母の元に長男として生まれた。
大人になるまでとても裕福というわけではないけれど、
両親がしっかり支えてくれたおかげで、お金に困窮して、悔しい思いをした経験はない。
幸せな一般家庭で育ったと思う。
親にもとても愛してもらったし、
僕のために贅沢をせずにお惜しみなく支援をしてくれた
今となっては本当に感謝している。
学生時代は小・中・高と剣道に没頭していた。
今、思い返してみるとここでの経験や体験は自分に大きな影響を与えている。
中学校からは常に全国出場を目指せるくらいのチームでレギュラーをやっていたが、部活はめちゃくちゃキツくてで身も心もギリギリの時が何度もあった。
中学の時は軍隊と呼ばれていて、
中学の県大会の準決勝で自分が負けた時は、自宅から車で2時間かかる会場に置いていかれたり。
木刀で殴られて骨にヒビが入ったり。
とにかく、今だったらアウトのことは大体経験してきた。
それでも、高校まで剣道をやめなかったのは、自分が一生懸命練習、成長して勝利する、成果を出すことの喜びの方が大きかったからでもある。
ちなみに、文武両道が家訓だったから、勉強も頑張ってきたけど、
正直アタマは良くなかった
部活を引退してから、やっと受験勉強を始めたけど
1年生のころの知識を抜けてたりして、馬鹿なので推薦ももらえず、
このままじゃマジで落ちこぼれてしまうと思い、1日13時間以上勉強したりした
しかも、そんなに家も裕福ではないから、行くなら国公立のみ
ダメなら就職
周囲がみんあ進学するということもあり、
ここで自分だけが取り残されたら、人生終わる
そんな気持ちで死に物狂いで頑張った
そして、試験の結果
第1志望はセンターの結果が足りずダメ
第3志望までランクを落とすも不合格
藁にもすがる思いで、志望校でもなんでもない後期でなんとか滑りこんだ。
そんな感じで進学したもんだから、大学は心の底から楽しめてない自分がいた。
大学生活は、特にイベントもなくバイトして授業うけて時間が過ぎていき
特に考えることもなく普通に就職しようと思い、就職活動を開始した。
しかし、その直後に全国を震撼させる大事件が起きる・・・
そう東日本大震災だ。
当時はほんとに震災直後で日本経済は大混乱、自分も内定なんてもらえるどころか、
内定取消しは当たり前、また死ぬ気で頑張ったが、100社受けて全部ダメだった時には、流石に心が折れてしまった。
ちなみにこのエントリーシートも寝ずに書き、地元や志望とは全く関係なく、とにかく就職できないと死んでしまうと必死になって、とにかくしらみ潰しに受けまくった、
周りは就職が決まってこの地獄から抜け出していく
やればできるはず、そう言い聞かせて毎日、エントリーシートを作り
貯金をひたすらに切り崩して、クタクタになりながら夜行バスに揺られて半年以上必死になって頑張った
それでもダメだった。
毎日、メールを見るのが辛くて、開いてみれば全て不採用の3文字。
正直、ここまで就職もできず、社会から弾き出される自分は、本当に必要とされてない人間なんだろうな…なんて考えながら、暗い天井を見て布団中で自分を責め続けていたのを覚えてる。
でも将来は何とかしないといけない・・・でもどうしようもない
親にも連絡できなかったし、気づけば誰とも連絡が取れず2ヶ月ほど家に引き篭もって外に出る気力もなくなっていた。
毎日、ベッドの中で何をする気力も湧かずに1日が終わっていく、何かしないといけないけど、何もできないし、できる気がしない・・・
本当に自分を責めつづけ、辛い期間が続いた
そんな中あまりに連絡がとれない両親が心配して大学に連絡し、ゼミの教授から学校に呼び出された
そこで、ほんとうに偶然だったが、大学院の枠が1枠空いたので、何のきっかけでもいい進学してみないかと勧められた
両親も自分が少しでも元気になるならと背中を押してくれて
正直、勉強なんて全くというほどしていなかったが
教授から直接指導をしてもらい、ギリギリの成績で滑り込みで大学院への進学した。
ただ、大学院での生活は学部時代ほど楽ではなかった。
何より、両親にも無理をいって通わせてもらっていたので、学費は全額自分で稼ぐ必要があった。
その中で、教授の勧めで始めたバイトが自分の人生を大きく変えることになる。
それは少年・少女の更生施設でのバイトだ。
そこは、僕が今まで当たり前だと思っていた、“一般的な家庭”とは大きく異なる環境で育った子がほとんどだった
・1週間に500円だけ渡され、お母さんやお父さんは週1回も帰ってこず、結果、お金に困り、万引きや窃盗をして捕まった子。
・親からの虐待などをうけ、家に帰れなくなりそのまま不良グループや、暴走族の下部組織に入って捕まった子
・家計が苦しいから給食費や修学旅行費が払えないといい、小学校や中学校に行かせてもらえず、年齢を詐称して働いたり、非合法な活動に手を染める一歩手前で捕まった子
みんな施設でも暴れたり、喧嘩したりと大変だったが、ご飯を食べたり勉強を教えていると、
笑顔になったり嬉しそうにしたり。
何よりスポーツに関しては負けず嫌いが多いので、みんな一生懸命取り組む姿はとても誇らしかった。
そして、更生したと見なされれば、また各自もとの環境に帰っていく。
でも、悲しいことに、戻った先の環境は大きく変わっていなければ、
また戻ってきてしまう子が大半なのだ。
子どもたちは親元か、別の環境か選べたりもするが、ほとんどの子が親元に帰りたいと希望する。
でも、そこでは親が生活環境が何も変化しておらず、子どもたちはまた悪事に手を染めてしまう。
結局は家計が苦しかったりする限り、
否応なしに以前の環境、そしてその時の感情が呼び起され、
ダメだとわかってても同じことをしてしまう。
中には、泣いてまた戻ってくることを謝る子もいたし、
自分のは人生はもう何も変わらないと言って、
諦めてしまい自殺未遂をするような子もいた。
今、思い出しても胸が苦しくなる。
自分が何かこのような子たちに希望をあげられるようなことができないか。
そういう思いが日々強くなっていった。
そして、ここで僕はこのような家庭や暮らしに寄り添って支えられるような仕事に就きたいと考えるようになる。
少しでも困っている家庭の問題を解決したり、
その家庭を手助けできるような仕事ができないか
そうすれば、少しでも余裕がある家庭が増えて、
子どもたちに愛情を注いだり、
それこそお金をかけて学校や習い事をさせてあげたり。
そんな子どもたちの人生の幅を広げるような手助けをしたいとの思ったからだった。
ブラックを極めし就職先
そう意気込んで、必死に大学院で勉強し、バイトでの経験もあって希望する分野の職場に就職することができた。
正直、自分の希望が人生で初めて叶ったと言ってもいいかもしれない
受かった時は本当に嬉しくて、
ここから自分の人生変わるんだ。
と思うくらい、今思えば一番楽しかった時期かもしれない。
しかし、理想と現実は全く違った。
まず、最初の仕事は朝誰よりも早く出勤し、新聞を確認、そして切り抜いて上司の机のうえに置いておくこと。
この作業で少しでも漏れがあれば、
朝から机の前に呼びつけられ「仕事の基礎がなってない」と怒鳴られる毎日
今までダメだった自分が何とか手にいいれた仕事。
理不尽でもここにしがみついていくしかない。
そう思って、毎日、上司の叱責に耐える毎日だった
辛かったし、一時期はストレスで髪も抜けたりしてもうダメかと思ったが、
必死に喰らい付いた
そして就職して3年目で、新規事業の構想や企画立案をする仕事を任された。
事業のプランを作ったり、プレゼンのための資料を作成したり、
事業立ち上げのために外部や内部の人と交渉して事業成功させるための、縁の下の力持ちをする仕事だった。
直接的に困っている子どもたちや家庭を支援できるわけではないが、
間接的にでも自分の作った事業を通して困っている家庭の支援ができるなら、自分のやりたいことに近づいていると思い
新聞切り抜きよりは俄然やる気をもって取り組んだ。
ただし、もともと僕の能力は高くない、ただのやる気だけではこの差は埋められなかった
何度やっても納得してもらえるような資料や交渉をすることはできず
またもや、毎日上司からの罵声に耐え忍ぶ日々が続いた
●どうやったら自分が提案した事業に興味を持ってくれるのか
●自分の提案を聞きたくなる、知りたくなる文章や話し方はどう作り上げるのか
●わかりやすいと思ってもらえる説明の仕方はどう伝えればいいのか
昼休みや寝る間を惜しんで勉強し、
自腹でお金を払っていろなセミナーに参加して知識をつけたりもしたし、
いい情報があると聞けばすぐにでも直接聞きにいき
結果として、年間100個以上の新規事情の企画・提案に携わることができ
たくさんの人にも感謝してもらえたし、
僕にお願いしたい、僕の話を聞きたいと言ってくれる人も増えた
これは本当に嬉しかったし
自分の理想に少しでも近づいているのかも・・・と少し希望も持てた
でも、この希望はすぐに打ち砕かれることになる。
結論から言えば、残念ながら会社での評価は変わることはなかった
それどころか、さらに無理な仕事を押し付けられるようになった
上司の案件を無理に任せられ、
土日も当たり前のようにサービス出勤して仕事を片付ける毎日
やってもやっても終わりの見えない業務量
しかも、ここまで頑張っても給料はほとんど横ばい、ボーナスも変わらない
加えて、倍以上に膨れ上がった仕事に忙殺され就職してから自分のプライベートの時間は一切なし
前の話からもわかるかもしれないが、
職場は超体育会系、残業や休日出勤はあたり前で、業務量も減らさない
これがスタンダードな以上、自分のプライベートも仕事に浸食されていた。
1日15時間働き、土日も残務処理のためにひたすら働く。
毎日、頭痛薬と胃薬を飲み続けてなんとか体調を保ち続ける毎日
もちろん、そんな生活が続く中で、自分の時間なんてものはなく、精神的な余裕も全くなかった
毎日、15時間働いて帰ったら、疲れ切って布団に倒れ込む。
家でも職場でもプレッシャーを感じ、心が休まらない日々・・・
毎日、寝る前にふと頭の中によぎる考え
「僕の人生はこのままでいいのか」
そんな疑問が毎日頭に浮かぶようになっていた
でも、生活のためにはお金がいるし、何よりもやりたい仕事にいつか携われるかもしれないと思い、
その時は、今の職場で働くことを選ぶしかなかった・・・
父の癌(がん)と人生の転機
そんな仕事漬けの生活にいいようのない不安を感じ始めた時・・・
父の癌(がん)が判明した。
調べてもらえればわかると思うが、ガンの治療はまじで高額である。
入院すると1日あたり
2万円×20日~1ヶ月
全部で60万円前後
さらに、父は部位の場所が特殊だったこともあり、外科手術の前に放射線重粒子線といった治療も必要であり。
かなり高額の医療費が必要となった。
自営業の父の場合には、その期間は仕事ができず、収入は全くのゼロ。
もちろん、僕の給料の一部を出して支援をしたり、両親の貯金を崩して捻出をし、この時は癌は治った。
しかし、僕はこの時に厳しい現実に直面することになる。
それは、もし今後、父の癌が再発し働けなくなった場合、自分の給料で病気の親を支えながら生活するのはかなり厳しいということだ。
独り身ならばなんとかなる。
ただ、この先、再婚して子どもができたりと考えると、両親の高額医療などを支援しながら生活するのはかなり厳しい。
さらにいえば、自分も同じ病気になる可能性がある。
その時に、家族を支えられるほどの資金があるかといわれると、今の給料では難しいと感じた。
自分が防ぎたいと思っていた状況に、実は自分も近づいているのではないかと思った時には、正直ゾッとした。
さらに、父親から言われた一言が僕の胸に突き刺さった。
「今の仕事はほんとうにやりがいあるのか?
いつも自分をすり減らしてるお前が心配だ。
せっかく勉強して手に入れた知識や経験を活かして
もっと違うかたちでも、お前の理想を叶えられる方法
はあるんじゃないか?」
この時、ふつふつと自分の中でもっと人生の選択肢を広げていく必要があるんじゃないかという思いが強くなっていった。
自分の知識や経験を活かして、大切な人を守れる、それでいて理想かなえられるに人間なりたい
それからしばらくは、自分の中でのもやもやしながら、日々を過ごしていた・・・
そして、たまたま仕事の関係で仲良くさせていただいた社長さんと食事をする機会があった時に、言われて言葉が自分の背中を押してくれるキッカケとなる。
その社長さんとは仕事で知り合ってから仲良くなり、よく食事に誘っていただいていたのだが、行きつけの居酒屋で父の話をした時に、
「それなら、まずは問題ないくらいに自分でお金を稼げ。
お金があれば、悩まなくていいし、
何より、やりたいことに没頭する時間も環境も手に入る」
「それに、
人生を豊かにするためにお金を稼ぐのは当たり前だし、
君が稼いで、今までの知識や経験を活かして、
その方法を困ってる人に教えてあげれば、
他の人の人生を変えてあげられるんじゃないか」
この言葉は驚くくらいにスッと自分の中に入ってきた。
しっかり稼ぐ方法や手段があれば、
無理に激務を続けなくてもいいし、
何より、自分の知識や経験を活かして、
大切な人(家族、友人、子供)を守れる。その手助けもできる。
海外旅行に行って、経験を増やして豊かな人生にすることもできる。
何か病気や事故にあっても、支えてあげられる、安心して生活できるだけの資産を用意できる。
そして、いずれは、自分の経験や実績を伝えてあげて他の人も稼げるようになれば、他の人の人生を変えるお手伝いができる。
正直、給料をもらうのではなく、
今までの人生で思描いたことがない辛い道になるかもしれないけど、何かを変えるためには行動と挑戦は必要だ。
これは、剣道に没頭していた時もそうだったが、もう一段上のレベルに上がるためには、必要なことだった。
目標はできた。
あとはやるだけだ。
自分の人生に悔いの残らないように。
今が一番若くて、体力も時間も一番使えるときだからこそ挑戦しよう。
大切な人が金銭的に我慢する困ることがあれば、「任せろ」って言える。自分もそうなりたいし、そういう人を増やしたい。
やってみたいことがあった時に、お金を言い訳にすることなく全力で応援することができる。
そして、困ってる人がいれば手を差し伸べられる。
そんな、「かっこいい男」になりたい。
僕がやるべきことは、
自分の人生をそして誰かの人生を変えるために、
まずは自分が稼げるようになることだ
かっこいい男になるために
そこからは、自分が稼ぐための方法をひたすらに探し続けた。
自分の知識や経験を活かせる、
その上で、継続して安定して稼ぐことができる
しっかりとお金に困らない、
一過性じゃない普遍的な知識やノウハウを身につけなきゃ意味がない
そうじゃないと、自分が目指す他人の人生を本当に変えるなんてできない
FXやMLMなどの怪しいものから、
プログラミング、物販、トレーダー、
FXとMLM(マルチ)はいいイメージがない.
プログラミング。
これも副業やスキルを磨くといった面では非常に優秀な選択肢だと思うけど、独立したいって考えるのであれば、結局自分で案件をとらないといけないから、
結局セールス力が必要になる。
セールス力があれば自分で他のビジネスを展開できる。
そもそもプログラミング習得に2年も3年もかけられない
物販 せどりを呼ばれるもの、
このやり方をインターネット上で教えている人たちを見つけた。
よくよくみてみると、彼らはせどりで稼いでいる利益をあげていい生活をしていると見せかけて、せどりのやり方を教えるビジネスで稼いでいた。
結局はコンテンツを作って売るというビジネスをやっているのだ。
だったら
初めからコンテンツを売るビジネスを始めて仕舞えばいいじゃないか。
100個以上の新規事業を手がけ、
そこから300万円以上をかけて知識をアップデートしてきた
今だから言えるけど、ビジネスは知識ゲーム。
やり方さえわかっているのであれば、誰でもできる。
知っているかどうかだ
ビジネスは一定のルールがある
要は型だ。
この型さえあれば
ビジネスは絶対に成功する
これが全て分かればお金が稼げるわけだ
この部分については、別の記事で詳細に話をさせてもらうが、概略でいえば下記のようになる。
お金が発生する瞬間というのは
モノが売れた時だけだ。
その物を売るスキルさえ身につければ、
すべてOK。
ちなみに、売るスキルも知識ゲー
僕は売れるパターンを学んでるから、
商品を売ることができる。
世の中の広告も
CMも売れるセールスも
すべてパターンで売れている。
びっくりするくらいパターンでできてしまっているのだ。
だから、それを勉強すれば
嫌でも売れるようになってしまう。
話は戻るけれども
ビジネスを始めようにも
やり方を知らなければ
どうしようもないので
まずは学ぶことにした。
たまたまTwitterで流れてきた
インターネットビジネスのスクール教材を40万円で買った。
多少怪しいとは思ったけど
こんなところで、足踏みしている暇はなかった。
とにかく、なんでもやってやる。
そんな意識でいた。
毎日毎日勉強した。
その他にもなけなしのお金をで様々な教材を買いあさり、100万円近くを投資した。
ただそんなに簡単には、いかなかった。
結果、ノウハウコレクターになった。
ただ毎月100万円を分割で買ったお金が口座から引かれていく惨めな気持ちを経験した。
悔しい。
なにがいけないんだ。
僕は100万円使って稼げなかった。
向いてないのか?
そんなことが頭をよぎった・・・
でも、そんなことを考えている暇はなかった。
やってやる、まだ終わってない。
こんなところでくじけてる暇はない。
でも、稼げてないのは事実
一度、しっかりなんで稼げていないのかを考えてみよう。
そう思って、見直してみた。
「僕はなんで今稼げていないんだ?」
すると1つの結論に至った。
この教材は仕組み化とか、マインド、ノウハウとかは語っているけど
一番大事な、原理原則 について、
人はどのような時にモノを買いたくなるのか
人はどのような情報を欲しいと思うのか
人はどのような場所に集まるのか
、何一つ語っていなかった。
これがないと自分が何をしているのか、何をしているからモノが売れるのかが全く理解できない。
これからビジネスを始めたいと
思っているのであれば
、
絶対に原理原則を踏まえている教材や発信者から学ぶことを強くオススメする。
何なら、コンサルを受けるような場合には高い費用を払うのでこの点は本当に気を付けておいた方が良い。
ひたすらブログを書いて数をこなせとか、Twitterでリプ回りしまくってフォロワーを増やせだとか、ツイートの書き方だけを指導するようなのは全くズレているし、マネタイズにはつながらない。
そうしないと過去の僕の様に時間とお金を無駄にすることになる。
ブログ記事が増えたところで、フォロワーが増えたところで
お金が稼げるわけではない
原理原則にのっとった、正しい努力や作業を積み重ねてこそ、商品が売れてお金が稼げる
じゃあ、だれから学ぶべきか、僕はビジネスを原理原則から学べる環境を探し回った。
100人くらい情報発信者の公式LINEやブログ、メルマガを読み込んだ
そんな中で、ある若手起業家との懇親会に参加した。
彼は、起業して1年足らずで月収1,200万円を突破、異次元のスピードで成長してきた人物で、その口から語られる内容は全て衝撃的だった。
「ビジネスは人とのコミュニケーションで成り立っている、
だからどうやって人を動かすことができるかを
ロジックで理解できることが最も大事」
「全てのビジネスはこの人の理解に基づいて設計された、
人を動かせるように科学されたものだから、
それを学ばなければ本当に長期的にビジネスで成功すること
はできない。」
「だからこそ、
無駄なノウハウに振り回されて作業し続けるのではなく、
正しい知識を入れて、正しい行動をただコツコツと積み上げ
ていくだけ」
今までのノウハウばかりで、場当たり的な内容とは全く違い、その内容は本当にビジネスを根本から論理的に理解できる驚きの内容だった。
僕はその日のうちに「この人なら信頼できる」と確信し
今んでは師匠と呼べるこの起業家の教材を購入しコンサルタントを依頼
そこからは学んだ知識をひたすらに学び、そして素直に必要な行動だけを実践し続けた。
そこからは、正しい知識を学び、実践したことで、目に見えて成果が上がっていくのが分かった
結果、ビジネス開始1週間で0→1を突破できたし、
1ヶ月目の最終利益は30万円を稼ぐことができた。
さらに、
本業で100個以上の新規事業を企画した経験と、
そこから300万円をかけてアップデートした知識を活用し、
今まで50人以上の方にビジネスアドバイスをすることができ
マネタイズにつなげることができた。
もし、いま相談する人がいなかったり、悩んでる人がいればぜひ相談してほしい。
連絡は公式LINEからいただければ、ZOOMで無料面談をしている。
不安に思うこと、どんなことを学べばいいか、どうやったらマネタイズできるのか
僕の経験と知識を総動員して全力で悩んでることの解決ができればと思っている。
ゆう という人間を活用して少しでもマネタイズをしてほしい。
最後に
僕の物語はいまのところは以上になる
ただ、この瞬間も多くの人から連絡をいただいているし、僕のビジネスはもっと大きく、そして広がっていくと確信できる。
このブログも、随時更新していくので、さらなる飛躍をぜひお伝えできたらと思う。
ここまでの長文を読んでいただき、ありがとうございました。
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